2005.09.15

佐渡裕とシエナ・ウインド・オーケストラ

唐突に音楽の話題。

渡米するまで10年以上札幌っ子だった私。
PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)が札幌で始まった時は感動しました。
だって世界のレナード・バーンスタイン(鬼籍)が札幌で後進の為の活動を”札幌で!”
始めたんですから、その時は非常に興奮したモノです。PMFが始まった1990年、
私はまだ中学生でした。そして数年後かな?その年かな? バーンスタインが
日本人の弟子をPMFに連れてきたのです。それが私が佐渡さんを知ったきっかけでした。

うぉー、バーンスタインの最後の弟子〜、しかも若い〜(当時w)、すごーい!と興奮し、
PMF以外の場で活躍されている佐渡さんを見るにつけ、”頑張ってるんだなー”と
暖かく見守っていました。

高校を卒業し吹奏楽の世界から離れてはいましたが、札幌に完成したサントリーホール
スタイルの音楽ホール・キタラのこけら落としコンサートに行ったり、企業メセナの
コンサートに母親と行ったり、3大テノールのうちの一人、ホレ・カレーラスのキタラコンサートに
仕事の事情で泣く泣く諦めたり(泣)、なんやかんや音楽には触れていました。

そして渡米したのですが・・・ここのような田舎だとやっぱり文化活動が少ないんですよね。
いや、コンサートで凄いゲストがひょっこり来たりするのであなどれませんが
(アシュケナージ指揮のコンサートがS席1万円以下というありえない状況!!)、やっぱり少ない。
日本に帰ったらコンサート行きたいなー。一番良いのは演奏できれば良いんだけども(汗

そして最近、少々生音に飢えてきたこの頃、ネットで佐渡さんの名前をまた拝見するようになったんですね。
どーしたんだろーとよくよく見てみたら、シエナ・ウインド・オーケストラとの競演でテレビに出た???
しかも吹奏楽だよ!! そして〆は星条旗ですかぁぁあ!!! オロローン

・・・どーしてアレ系の音楽って鳥肌や涙がこみ上げてくるのでせう。

次回予告・アパラチアン序曲を口ずさみながらアパラチア山脈をドライブの巻w

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